DC1000 オーストリア 1860年代 トーネットTHONET No14プロトタイプ ジョセフネイガーJoseph Neygerモデル
サイズ | 幅 440mm 奥行 480mm 高さ 900mm 座面高 475mm 座面奥行 390mm 座枠高 475mm |
アンティーク家具・照明の専門店「デニム アンティーク ファニチャー」へようこそ!当店ではチェアやテーブル、キャビネットなどのイギリス(英国)アンティーク家具やランプ、シャンデリアなどのフランスアンティーク照明を低価格と安心品質で全国へお届けしております。
Outline/商品の概要(仕入担当者からのコメント)
今から150年ほど前の1850~1860年代につくられた、「幻」のトーネットNo14プロトタイプです。
これこそ、全てのベントウッドのルーツといえるモデル。
コレクターや業界関係者の間では、 ”ジョセフネイガーJoseph Neyger”モデルと呼ばれている、
大変貴重なミュージアムピースになります。
今日までに2億脚の販売を記録したNo14ベントウッドチェアは、1859年の発売。
しかしその当時のNo14は、すでに現代のNo14と同様、ほぼ完全なノックダウン(組み立て式)モデルでした。
それに対して、こちらのジョセフネイガーモデルは、それら全てのNo14の元となった”プロトタイプ”。
一部曲げ木が使われているものの、完全なノックダウンではなく、ほとんどが旧来の家具同様、
ほぞ組みなどの削り合わせの手組みでつくられているモデルです。
要するに1859年以降のNo14が工場生産品なのに対して、こちらは手作り家具、ということです。
それにしても・・ついに、ついに。
いつか、死ぬまでには本当の実物をこの目で見てみたい、と思っておりましたが、
こんなに早く願いが叶ってしまうとは。( 何と幸運! )
・・私たちは”ベントウッドチェア”という椅子がヨーロッパに存在することを知って以来、
その歴史に関する書物を読み漁ってきました。
No14が世界で初めてのマスプロダクト(工業製品)であったこと、
またその誕生が現代に続く「カフェ文化」の源流となったこと、などなど。
そして、それらの全てはオーストリアのウィーンからはじまっていることを知りました。
ベントウッドチェアの歴史に非常に関心をもった私たちは、当然、アンティークショップですから、
その当時のリアルタイムなベントウッドチェアを入手したい、と熱望しました。
ところが。
イギリスやフランスなどのアンティークマーケットをいくら探しても、
そうした初期のころの、ウィーン時代といわれるチェアは見つかりません。
まれに初期のトーネットやJJK、フィッシェルなどが見つかることもありますが、
それらのチェアは基本的に量産化が始まった時代、1859年以降のチェア。
もちろん、量産化以降のチェアといっても、1880年以前のものは充分に”プレミアムチェア”といえるものなのですが、
本当に初期の、ウィーン時代のチェアは残念ながら今まで一度も遭遇したことがありません。
なぜなら、当然ですが、量産化前なのでその数が圧倒的に少なく、しかもその数少ない現存するチェアはほとんど、
すでにヨーロッパに多く存在するコレクターたちの手に渡ってしまっているからです。
もはや一般市場に出てくることは本当にまれ、というか、基本的にはあり得ません。
今回入手できたのは、ほんの偶然でした。
たまたまドイツのベントウッド専門店より入荷情報をいただき、タイミング良くデニムが買い取らせていただいたものです。
もともとはウィーン在住のコレクターがプライベートにコレクションしていたものだったそうです。
レストアもドイツの専門店が行ったのではなく、ウィーンですでにレストア済みだった、ということです。
おそらくウィーンでのプロフェッショナルの手によるレストアなのでしょう、ご覧の通り、非常に状態が良いです。
文字通り、「博物館クラス」のコンディションです。
ところで、こちらのNo14プロト、 ”ジョセフネイガーJoseph Neyger”モデルとは何か?
アンティーク上級者の方でもご存知ない方、多いと思います。
ちょっと話は長くなってしまいますが、そのジョセフネイガーについて少し触れさせていただきます。
ぜひともアンティークファンの方には知っておいていただきたいです。
ジョセフネイガーとは、ウィーンのクラフトマン(家具職人)の名前。
1840年代から1870年ごろまでウィーンに工房を構え、
トーネットと同じデザインのベントウッドチェアを製造し販売する、いわゆるワークショップを経営していた人物です。
簡単にいえば、ジョセフネイガーはミヒャエルトーネットのウィーン時代の「ライバル」にあたります。
ところで、ベントウッドチェアがお好きな方なら、書籍などでご覧になったことがあるのではないかと思いますが、
トーネットが1859年にNo14ファーストモデルを発売した時の写真を見ると、
ほとんどこちらのジョセフネイガーモデルが使われていることに気がつきます。
さて、これはどういうことでしょう?
トーネットのファーストモデルが、=(イコール)ジョセフネイガーモデル?
このことを説明するには、少し回り道をしてトーネットの歴史について触れておく必要があります。
デニムの独断で、かなり大雑把なご説明になりますが、トーネットの歴史は次のように要約されます。
1) 曲げ木技術の開発期
1819~1840年頃:ドイツ・ボッパルトの工房時代(ミヒャエル・トーネット商会)
2) 曲げ木技術の完成期
1842~1855年頃:オーストリア・ウィーンの工房時代(ミヒャエル・トーネット商会)
3) ベントウッドチェアの発展期
1857~1920年頃:世界各地に工場を設立していった時代(トーネット兄弟社)
4) ベントウッドチェアの定着期
1922~1940年頃:第一次大戦後、各国の工場が没収されていった時代(トーネット=ムンドス社)
このあと、1939年に、トーネット=ムンドス社はその歴史に幕を下ろします。
現在、旧トーネット社は、名を継いだドイツ・トーネットを筆頭に、6社に分断されています。
さて、この中で、ジョセフネイガーは、ご想像の通り、2)の時代の人物です。
2)の時代は、今日の家具の歴史的な転換点になった時代。
いや、もっとコトは大きく、大量生産の発展がはじまった時代、すなわち第二次産業革命の時代です。
そのビッグバンを起こしたのは、まぎれもなくミヒャエルトーネット。(とデニムでは思っています。)
家具を家内制手工業から工場制手工業へと変革し、爆発的に量産化された「曲げ木家具」は、
またたく間に全世界を席巻します。
トーネットによって家財から大衆消費材へと変えられた曲げ木のベントウッドチェアは、
当時盛り上がりつつあったウィーンのカフェに採用されたことで、「カフェ文化」の普及にも一役買うことになりました。
つまり、トーネットの量産家具が現代の「情報化社会」のスタートさせた、という側面もあるのです。
そうして、全世界を制覇した当時の「世界帝国トーネット」。
その歴史の始まったのが2)の時代であり、そのきっかけこそ、ジョセフネイガーとの「天下分け目の決戦」でした。
それは、例えれば天下を分けた日本の「関ヶ原の戦い」のようなもの。
ミヒャエルトーネットが「徳川家康」なら、ジョセフネイガーが「石田光成」といったところでしょう。
主戦場となったのは「曲げ木技術の特許」という場所。
初戦はジョセフネイガーが勝利します。
ミヒャエルトーネットの初期段階の特許はウィーンでは認められなかったのです。
その真相はまだ調べきれておりませんが、デニムが思うに、政治的な事情ももちろんあったこととは思いますが、
本質的には、トーネットの曲げ木技術と同等以上の曲げ木技術を、
ジョセフネイガーが持っていたから、なのではないかと思います。
技術に自信のあったジョセフネイガーはトーネットの特許申請に対し、
オーストリア政府に強力に抗議した、ということです。
初期段階の曲げ木技術は「合板」による曲げ木でした。
合板による曲げ木は、その当時すでに各所で行われていた、という情報もあります。
つまり、トーネットの曲げ木技術は、それほど他社に秀でていたわけではなかったのかもしれません。
そしてその、トーネット軍を打ち破った強力な「曲げ木技術」により製作したチェアこそ、
この"No14プロトタイプ ジョセフネイガーJoseph Neygerモデル" なのです。
1世紀半もの間、剥がれ一つ起こさない、究極ともいえる合板の蒸着技術、
そして見事なフォルムを描くベントウッドのダブルループ、
高度な職人技のみがなしうる、完璧な強度のほぞ組みジョイント、
当時の最先端技術であった、無垢材の前脚のS字カーブ・・。
すばらしいです。
トーネットと同等、いやそれ以上だと思います。
ジョセフネイガーが勝利したことは、ウィーンの街に大きな衝撃を与えたはずです。
もともと家具工房が多かったウィーンの街で、トーネットのボッパルトでの成功話は周知の事実でしたから、
トーネットがウィーンに移転してきたことで、地元の家具工房たちは戦々恐々としていました。
そこに、ジョセフネイガー勝利の吉報。
実力のある家具工房たちが、当時流行のトーネットタイプのベントウッドチェアをつくり始めたのも、自然なことでしょう。
当時の「合板曲げ木」によるベントウッドチェアは、ウィーンの街で各社から販売され始めました。
ジョセフネイガー以外に、Johann Weiss 、Johann Kukol という工房も有名だったそうです。
こうして、各社が似たようなデザインでつくり始めた、当時のNo14タイプのベントウッドチェア。
この中の”ダブルループ”をもつチェアを、後年、コレクターたちは当時の史実より、
主流だったジョセフネイガーの名をとり、”ジョセフネイガー”モデルと総称するようになった、というわけなのです。
想像ですが、トーネットもジョセフネイガーと同じデザインのチェアをつくっていたのでしょう。
そのため、この時代のチェアはメーカーの区別が難しかったため、
トーネットNo14の誕生する以前のプロトタイプは、メーカー問わず、
”ジョセフネイガー”モデルとひっくるめてしまったのではないかと思います。
またNo14のファーストモデルが発売される以前に、すでにNo14デザインのチェアが存在していたわけですから、
各文献ではNo14プロトをNo14ファーストモデルとして、紹介しているのも無理はないことですね。
ところで敗れたトーネットはどうなったのか?
もちろん、曲げ木に生涯をかけたミヒャエルトーネットがこのまま終わるわけはありません。
結論から言うと、第2次「曲げ木技術の特許」戦争は、トーネット社の完全勝利に終わります。
技術的な解説は割愛しますが、今度は合板ではなく、「無垢材の自由自在な曲げ木技術」という、
前人未到の強力な武器を、ミヒャエルトーネットはついに開発するのです。
圧倒的な戦力の前に、ついにジョセフネイガーは屈服します。
オーストリア政府はトーネット社に独占的な曲げ木の特許権を与えたのです。
この技術を用い、トーネットは1859年、「世界戦略商品」No14(ファーストモデル)を完成します。
もはやオーストリア政府がコピー商品などは許しませんし、
何よりもトーネット社は他社の技術的な追随を、全く許さない高みにまで登り詰めました。
その後はデニムサイトでもご紹介しました通り、トーネット社はビストリツッエに工場を新設し、
安く、軽く、丈夫で、おしゃれな、”カフェチェア”を爆発的に量産し始めます。
そしてトーネット社はあっという間に町工場から一大企業にのし上がることになりました。
もはや雲の上の存在となってしまったトーネット社。
ジョセフネイガーはその後もNo14プロトをつくり続けますが、すでに時代の趨勢は完全にトーネット社のもの。
商品性だけを見れば、工場の量産品より、ハンドメイドのプロトの方が断然良いはずなのですが、
時代はすでに消費社会に入ってしまいました。
旧来型で流行遅れの高価な家具など、カフェビジネスという時代の最前線では誰も見向いてくれません。
敗北したジョセフネイガーは1870年頃までプロトをつくり続け、
そしてひっそりとその生産を終えた、ということです。
マンパワーではおそらくミヒャエルトーネットに引けを取らなかったジョセフネイガー。
しかし、「目先の利益」ではなく「将来の夢」を追い続けたトーネットとは、
残念ながらその器量の大きさが比較になりませんでした。
でも破れたとはいえ・・このチェアを見てください。
確かに、トーネットのベントウッドチェアを越えたベントウッドチェアが、かつて、
確かに存在していたことを明らかに示しています。
ヨーロッパのコレクターたちが血眼になって探し続けている、
No14をはるかに超えた「母なる椅子」、ジョセフネイガーモデル。
こちらは世界に数十脚、いや数脚かもしれません、そのうちの1脚になります。
デニムは今、おそらく日本に1脚と思われるこの「歴史の一里塚」を、しっかりと大切に保管しています・・。
(Buyer/YM)
Condition/商品の状態(修理担当職人からのコメント)
1850~60年ごろのベントウッドチェアです。
現地ディーラーでは1855年頃のモデル、ということでした。
それが正しければ、1世紀半ほど経過していることになります。
入荷して、くまなくチェック。
まずそのコンディションの良さに驚きました。
そして実際に手にしてみて、驚いたのがその軽さ。
びっくりするほど軽いチェアです。
実際に重量を計測してみたところ、何と2.5kg !
現在、「世界一軽い木製椅子」といわれる、ジオ・ポンティのスーパーレジェーラ SUPERLEGGERAが1.7kgですから、
その差、わずか800グラム。
1957年に発売されたスーパーレジェーラよりも、100年も前につくられた木製椅子が、
スーパーレジェーラ並みに軽く、しかも今なお実用コンディション、というのは、ちょっと信じられない現実です。
まあ、余談はさておき。
さて、こちらは以前にご紹介したトーネットNo14ファーストモデルの元となったプロトタイプです。
No14に関する情報は、そちらをご参照くださいね。
No14と同じデザイン構成でありながら、全く別のシルエットをもつNo14プロト。
正面から見るとそのトップレイル(背のトップ。笠木)のフォルムはあたかもイギリスのバルーンバックチェアのようです。
トップに行くほど細くシャープに削り込まれ、気球のようなダブルループ形状をもつこのトップレイルは、
まさに「ウィーンの曲線」と呼ぶにふさわしい美しさです。
よくよく見てみると、内側のループは、馴染みのあるNo14のねじ止め式ではなく、
1本の幹が2本に枝分かれしているように見えます。
この部分がNo14プロトの最大の特徴、非常に高度な”ロッドグルーイング”(枝継ぎ)の技術です。
良く目を凝らして見てみなければわからないほどそのつなぎ目は非常に滑らかで、
当時のハンドメイドの水準の高さに驚かされます。
尚、このチェアがつくられた当時、まだ無垢の曲げ木技術が確立されておらず、
この背もたれにはまだ積層材(合板)が使用されています。
積層材といっても、現代のベニヤとは全く違い、薄い無垢板を張り合わせた集成材に近いものですので、
一見、1本の無垢のように見えますが、良く見ると背や脚は、薄く「層」状になっていることに気づかれると思います。
積層材曲げ木の前脚は、非常に美しいS字ラインを描き、
あたかも様式家具の”カブリオールレッグ”であるかのように見えます。
また、プロトタイプのもう一つの特徴は、その座枠。
まだ無垢材の曲げ木技術が完成していないことを証明しているように、
座面が8つのピースに分割されています。
これは無垢材のブロックを、反りにより変形しないよう、良く計算された構造で円形に削り合わされ、
実用強度をもって組み上げられたもので、ハンドメイドの技術としては非常に高度なものです。
まさに職人技、と思います。
全体の構造は、その座枠を中心に、前脚は接着によるほぞ継ぎ、後ろ脚は木ねじ留め、
4本の脚は補強のリングストレッチャーで連結されています。
さて、話が解説に終始していますが、以下、コンディションについて、です。
主材はヨーロピアンビーチ材ではないかと思います。
座枠などはアッシュに見える材も見られますが、正確には不明です。
かなりの年月を経過している曲げ木椅子ですが、大きく破損したような箇所もなく、
入荷時よりレストア済みと思われるパーフェクトなコンディションでした。
おそらく躯体は締め直しが施され、塗装はデニム同様、オイルメンテの後シェラックニス仕上げがなされています。
ガタつきやぐらつきはなく、完璧な状態です。
インナーループには、トップ部分にやや技術が低めなタッチアップ補修が施され、
ちょっと小さなしみのようになっていますが、コレクションレベル的にみても、
それほど気になるものではないと思います。
それ以外、気になる曲げ木のはじけ(木割れ)など、チェックポイントはありません。
座面は近年に張り替えられたと思われる手編みのカゴメ張り。
6ウェイのケインシートです。
一つの穴に7本のケインを通すという、非常に目の細かな籐張り技術で、当時の標準的なケインシートになります。
現代では技術的に再生が難しいという難点はありますが、現状、お張替時期を気にする必要など皆無です。
おそらくコレクターによる所蔵品だったのでしょう、
普通に使用されていれば、このような状態のまま維持されるはずはありません。
歴史的なベントウッドチェアの一里塚として、「博物館」で所蔵するのがふさわしいクラスのアンティークと思います。
デニムでは、各部点検とクリーニングをしっかりと行いました。
接合部分の木ねじでのジョイント、ほぞでのジョイントを目視し、
緩みや破損がないかどうかのチェックを行い、すべて増し締めを行っています。
脚回りなどもガタつきぐらつきは入荷時よりありません。
驚くべきことに、実用強度を未だに保持しております。
座面についてもケインシートに切れはありません。
細かい点ですが、脚裏には傷つき防止のフェルトが張られていて、
ほとんど使用されていなかったかのように綺麗でしたので、現状、オリジナルを残させていただいております。
以上、どこにもご留意点のない、完璧な状態でした。
仕上げには天然蜜蝋ワックスで隅々まで磨き上げを行っています。
150年以上経過したアンティークと考えれば非常に良いコンディションだと思います。
まさに”ヘリテイジ”クラスにふさわしい歴史的アンティークと思います。
尚、非常に高価なチェアですが、仮にこのチェアをオーダー製作しようとすれば、
この価格以上の費用がかかることになると思います。
なぜなら、このチェアを製作するには、伝統家具の職人技術、合板の製作技術、曲げ木の製作技術が必要です。
これらの技術を合わせて所持しているメーカーは存在しないので、合同プロジェクトチームを立ち上げて
対処することになると思います。
そうすれば誰が考えても数十万円レベルではまず製作できないでしょう。
1脚でも2脚でも、トータルコストは変わらないかもしれませんが、
それでも、このチェアの価格内で、同じチェアを製作することはまず不可能であろうと思います。
あえて非常にお値打な価格と申し上げさせていただきます。
担当職人から自信を持ってお奨めさせていただきます。
(Restorer/YM)
Impression/当店の評価(お客様担当からのコメント)
トーネット関連の資料は、ネットも含め、山ほど世の中に存在していますが、
トーネットという会社が消滅してしまったり、国ごとに分断してしまったり、
また競合会社も多かったため交錯しているのか、本当に知りたい情報にたどりつけなかったりするのが実情です。
どうも腑に落ちない点が多いのです。
このジョセフネイガーに関する情報もそう。
例えば、ジョセフネイガーはトーネット社のクラフトマンだったという情報もありました。
技術を習得後、トーネットを退職し、同じウィーンで同業を立ち上げたとは考えにくいのですが、
何か遺恨があったのであれば、考えられないことはないですけど・・。
また、このNo14のプロトタイプについて。
ベントウッドチェアではおなじみのリングストレッチャー(4本の脚をつないでいるリング状の補強材)付きですが、
これもちょっと疑問。
いつのころから、このリングストレッチャーが付けられるようになったのかは不明ですが、
トーネットのベントウッドチェアでリングストレッチャーが標準装備となったのは1870年以降、という情報があります。
でも、こちらは1850~60年代のチェア。
この時間差はどういうことなのか?
ただ、トーネットでも1850年代のカタログにオプションとして、
リングストレッチャーが用意されていたという情報もありますから、
あながち、このチェアにリングが付いているからといっておかしい、というものではありません。
でも、そうすると、このリングストレッチャーを考案したのは、ジョセフネイガー・・?
それよりも、もっと、実は衝撃的な情報があります。
トーネットがNo14を発売したのは1859年。
ジョセフネイガーは1840年代にはすでにNo14タイプをつくっていたという情報がありますので、
それが正しいとすればトーネットのNo14以前にジョセフネイガーのNo14プロトは存在していたことになります。
しかし、トーネットもジョセフネイガーと同時期にNo14プロトをつくっていたのであれば、
特に気になる話でもないのですが、あるサイトでの情報によれば、トーネットではジョセフネイガーモデルのような、
No14のプロトタイプをつくっていたという事実はない、と記載されていたのです!
・・これは、どういうこと?
確かに、トーネットの1859年のカタログを見ると、
ジョセフネイガーモデルととてもよく似たNo14のイラストが載っています。
しかし、確かにこれまで様々な資料を見る限り、現物の写真が紹介されている文献を見たことはありません。
もちろん市場情報を含め、今までに現存を確認したことはないのです。
モノがたまたまないだけで1859年カタログの通りのNo14は実際には存在していた、と考えられなくはありませんが、
1859年のNo14は完全なノックダウン式だった、という情報はかなり確度の高そうな情報ですので、
とすればカタログに載っているNo14ファーストモデルはこちらのような仕様だったはずで、
ジョセフネイガーモデルのような旧来家具仕様ではなかったはずです。
つまり、トーネット社には、No14以前にNo14プロトは存在しなかった?
ということはすなわち、トーネットのNo14はジョセフネイガーを元につくられたもの、ということになりますね。
だとすれば、No14のデザイナーはミヒャエルトーネットではなく、ジョセフネイガーということ?
まあ、クラシック・トーネットのデザイン自体、ドイツ・ビーダーマイヤー様式を元にしたものですし、
イギリスのバルーンバックチェアなど、もともと良く似たデザインは古くから存在していますので、
どちらが先か、なんて問題はあまり意味がないのかも知れません。
確かに言えることは、こちらのジョセフネイガーモデルも、間違いなく
現在のベントウッドチェアの ”マザーモデル”であることだけは確かなことだと思います。
かつて、トーネットという「巨人」に戦いを挑み、そして破れ、
その歴史から消えてしまった”ジョセフネイガー”という偉人。
彼の生み出した作品もまた、トーネット同様、多くの人々の心を魅了し、
今尚、私たちの心に確かに生き続けています。
こちらの価格を見て驚かれた方も多いと思います。
しかし、その歴史的価値の大きさから考えていただければ、セザンヌやルノワールの作品と
何ら違いはないのではないか、と思います。 (ちょっと違う?)
確かに高価ですが、ヨーロッパ現地でも、取引相場は€2,000は下らないと言われています。※現在1ユーロ=約140円
ヨーロッパに滞在して運よく探し出すことができたとしても、
レストアして、日本にこのサイズのものを個人輸入したら、果たしていかほどになるか、
トータルで考えていただければ決して高すぎる価格ではないと思っております。
世界の歴史に一石を投じた、文字通り、150年前の人類の「文化遺産」です。
決して将来にわたりその価値は失われることはありません。
ぜひ次代へ語り継いでいってください。
ご検討よろしくお願いいたします。
(Sales/TJ)
※各項目の文字をクリックするとその項目の説明ページにジャンプします。
商品基本情報 | ||||
品名 | トーネットTHONET No14プロトタイプ ジョセフネイガーJoseph Neygerモデル | |||
品番 |
DC1000
|
管理番号 | Lot14-19_0614 | |
販売価格(税込) | 540,000 円 | 在庫数 | 0 | |
サイズ | 幅 440mm 奥行 480mm 高さ 900mm 座面高 475mm 座面奥行 390mm 座枠高 475mm | |||
送料ランク・重量 |
B/2ランク 送料目安:4,400円~7,040円
(沖縄 10,010円)
らくらく家財宅急便による配送:同ランクの椅子をもう1つ同梱できます。 ※ 同梱可能な複数商品の送料はご注文後に別途お見積りをご提示いたします。 | |||
商品分類 | クラス | |||
デザイン | ||||
ユース | ||||
ランク | ||||
カテゴリ |
椅子/Chair
> サロンチェア/ホールチェア
無銘の椅子コレクション/Premium Chair Collection > ベントウッド/トーネット |
商品プロフィール | ||||
原産国 | オーストリア | 年代 | 1860年代 | |
メーカー | デザイナー | |||
主要素材 | ||||
主要素材の材質 | ||||
主要素材の等級 | ||||
商品の無垢率 | ||||
カラー | ||||
塗装・仕上げ | クリーニング&ワックス仕上げ | |||
その他素材 | ||||
その他の素材のカラー | ||||
メンテナンス状況 | ||||
コンディション | 傷の程度 | |||
目立つ傷 | ||||
交換・改造 | ||||
実用性 |
商品プロフィール | ||||
原産国 | オーストリア | 年代 | 1860年代 | |
メーカー | デザイナー | |||
主要素材 | ローズウッド | |||
主要素材の材質 | 集成材 | |||
主要素材の等級 | S級 | |||
商品の無垢率 | 90%以上 | |||
カラー | ライト系 | |||
塗装・仕上げ | ||||
その他素材 | ||||
その他の素材のカラー | ||||
メンテナンス状況 | 一部メンテナンス | |||
コンディション | 傷の程度 | 年代なり | ||
目立つ傷 | 年代なり | |||
交換・改造 | 少ない | |||
実用性 | 年代なり |
商品評価 | ||
デニムの総合評価 |
商品評価 | ||
デニムの総合評価 | S |
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